母の味 秋刀魚の蒲焼き:妹川妙子

 母は何でもいとも簡単そうに作るのに、おいしい料理がたくさんありました。中でも秋刀魚の蒲焼きは家族全員が大好きな秋の定番メニューでした。きれいに3枚におろし小骨を取ってふっくら焼き上げ、甘辛いたれを絡めたのを炊きたてのごはんにのせて食べる、幸せのにおいがふわふわ舞う一家団欒でした。
 母に最期に会ったのは、ひな祭りのころでした。二人でスーパーに出かけ、桜餅と秋刀魚を買って帰りました。もう春なのに「あれ食べたな」とねだって買ってもらった秋刀魚でした。突然の別れはすぐやって来て、雪が降り続く寒い葬儀の日は、ただただ茫然としていました。弔いを終え疲れて家に戻ると、冷蔵庫にあの時の秋刀魚が入っていました。本当に悲しいのは、本当に寂しいのは、こんな日常の中に深くあるのだと、この時心の底からそう思いました。確かに母がいた痕跡の中で、「何故うちだけこんなに早いのか」と悲嘆に暮れながらやっと生活していました。
 ずっと後になって一人娘を儲けました。3歳になったころ、料理に興味を持ち始めたので一緒に秋刀魚の蒲焼きを作りました。プクプクの手で切り身を持って片栗粉をまぶすと、だんだん指先がグローブのようになり、二人で笑い、そして私は涙が滲みました。母はどこかで私達を見てくれているのだろうかと。私の蒲焼きは、小骨が残っていたり焼きすぎて硬くなったり、いつもどこかで失敗してしまいおいしくできません。きちんと習っておけばよかったと作るたびに悔やんでます。
 その味を思う時、手際よく料理を作る母の台所姿、「おいしい、おいしい」とみんなで丼飯をほおばった夕食の団欒風景を、懐かしく思い出されます。それはとても大きく、ありがたく、深く心に刻まれています。

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