ザクロ:今井由加

 「こんなもの売ってたよ」
帰宅するなり父は、テーブルに白いレジ袋を置いて、嬉しそうに言った。まだ子供だった妹と弟が、お土産のお菓子を期待して、すぐに中身を探ると、こぶし大の赤茶色の野菜のようなものが六個、ごろごろと袋からでてきた。
「何これっ、玉ねぎ?」
初めて見る物体に二人は驚いて言った。
「ザクロだよ。」父は言った。
「ザクロ?」
「そこの八百屋で売ってたの見つけたんだよ。珍しいよ、ザクロ売ってるなんて。俺が子供のころは、普通に、庭の木になってるもんだったから、よくおやつに採って食べたんだよ。」父は上機嫌だった。
「えー、おいしいの?」
妹と弟は半信半疑で、手に取って匂いを嗅いだりしていたが、どこか気持ち悪がって、食べてみる勇気はないようだった。
 私は、子供のころ近所のお宅で、ご馳走になったことがあって、味は知っていた。
「ちょっと甘酸っぱい味よ。小さいプチプチをつぶして食べるのが、おもしろいのよ。」
父がせっかく買ってきてくれたんだから、ちょっとでも食べてみたら、という気持ちで勧めてみたが、お土産がお菓子じゃなくて期待外れだった二人は、ちょっと拗ねる気持ちもあったのだろう。
「やっぱりいらない。」と言って、早々に子供部屋に引き上げてしまった。
父は、子供たちがザクロを見た事がないだろうと、喜ぶ顔を想像して買ってきてくれたのだろうが、二人が食べないのを「そうか。」とちょっと残念そうに言っただけで、それほど気にしていないようで、それよりも、久しぶりに食べるザクロが楽しみだったようだ。 結局、私が一個たべて、父が自分で三個だったか食べて、残りは冷蔵庫行きになった。
 夜に仕事から帰った母が、食べたかどうかは不明だが、あのザクロは、あのあとどうなったのだろう。
まだ、いっぱい残っていたのに。父は、翌日帰らぬ人となり、あのザクロはそのまま冷蔵庫の中で、誰かに食べてもらうのをずっと待っていたのだろうか。
その頃私は一九歳で、父は腎不全という診断を受けて、人工透析しなければ、生きられない体だった。すでに仕事も出来なくなっていて、母の収入で、私たちは生活していた。
あのザクロを買ってきた日は確か、十月の最後の土曜日で、その日も父は、透析治療の帰りだった。翌日父は、外出先で脳溢血を起こし、救急車で運ばれた病院で亡くなった。
 今は、店先でも、ザクロを目にすることはほとんどないが、稀にその名前に接する時、父の最後のお土産であったあのザクロの甘酸っぱい味と、優しかった父を思い出すのだ。

 

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