初恋の味:西田由里子

 子どもの頃の弁当には、ほろ苦い思い出と初恋の淡い思い出が入り交じる。
小学4年生だった。昼のチャイムが鳴ると仲良しが集まり弁当を広げてワイワイとおしゃべりし、時にはおかずを交換しながら食べる。私はその弁当の時間が嫌いだった。
 私はぽつんと一人、教室の隅でそーっと弁当のふたを半分だけ空けて、隠すように食べた。
私の弁当はいつも定番の梅干しにたくあんと季節の野菜だけだった。そして春はたけのこご飯にたけのこの煮物、秋はまつたけご飯に焼きまつたけだけだった。どれも子どもの私には恥ずかしかった。
その日も、私の弁当は一面まつたけで覆われていた。私はいつものように一人で弁当を隠すように食べていた。突然そこに私が淡い恋心を抱いていた男の子がやって来て、からかうように私の弁当のふたを取り上げた。
「うわー、すげぇー!」と彼は大きな声をあげた。
私はあわててそのふたをとり返したが、すでに半ベソをかいていた。教室中がざわついて、みんなが私の弁当を覗きに来た。私は弁当にふたをして教室を飛び出し、運動場の片隅で放心状態になって泣いた。
 あわてて彼がやってきて「ごめん」と謝ったが私はうつ向いたままだった。
やがて彼は教室に戻り弁当箱を二つ抱えてやってきて「一緒に食べよう」と言った。二人っきりのランチタイムだった。
「おまえの弁当すごいなあ、まつたけばっかりじゃん」。
私は何も言わずに彼に弁当箱を差し出した。
「美味い!」と言って彼はまつたけをおいしそうにほおばった。
彼の弁当には卵焼きとそれに私が食べたことがないソーセージが入っていた。
彼はそのソーセージを一切れくれたが、すぐには手を付けなかった。彼は弁当を食べ終わると
「また交換しような」と何事もなかったかのように教室に戻っていった。
彼が帰った後、私は初めて食べるソーセージを惜しむようにちびりちびりとかじった。
歯型がソーセージについてしばらくそれを眺めた。それは淡い初恋の味だった。
ソーセージの事を母に話すこともなく、ねだることもしなく、彼の事も記憶の中から消えていった。
長い歳月が過ぎ私は結婚して、子どもをもうけ、弁当作りに追われた。フライパンでソーセージを炒めながら、時々子どもの頃の弁当を懐かしく思い出した。
その子どもも初恋の人と結婚して孫ができた。
子どもが作るおいしそうな孫の弁当を覗きながら、孫にも素敵な出会いがありますように、と心で祈った。

 

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